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2007年9月

葬儀社(葬儀会社)選定 葬儀を行なう前に(準備する) 事前相談

最近は核家族化しています 父や母や祖父母が一緒でない家庭環境が、本来なら教えてもらうことが大人になっても教わっていない(よくあることです) この業界(葬儀)においても例外では有りません しかし、一緒に居ても間違ったことを教わっているケースが最近では多々見受けられます 一つの例として神仏混合です(死者の家は神封じと称して半紙を一枚神棚に張りますがその時に仏壇にも張ったり、扉は閉じなければといいます 仏教は、本来はそのようなことは関係ありません 考え方を変えて頂ければ判ります←お坊さんは本尊に向かって、自分たちの為にお経を上げています 隠したら?出来ないでしょう?しかし、厳密には仏教の教えに狭義的考え方、広義的考え方があってお坊さんによって無くてもいいとはいいます←この意見は禅宗系に多く見受けられます)

自分が全てなんていう間違ったお坊さんも中にはいますからね 人々のために働く(務める)のじゃなく、欲望の塊みたいな人たちもいますから・・・壇信徒はかわいそうですね そうでないお坊さんも沢山いますが・・・

ネズミ算式のように広がった仏教は、色々な形に分かれている(考え方や)ので一般的な事だけで話しています

元に戻りますが、葬儀会社の選定には、知らなければ良運、不運があります これも、家族や亡き人の行いから来ることでしょう?って言ったら立腹されるでしょう でも、一生懸命に葬儀社を調べても初めてなら判らないでしょう?それが、普通ですね

そこで!少しでも、事前に調べておくこと、用意しておくことを記載します

遺影を作る時の原本は、何を使うか?集合写真、個人での写真?デジタルカメラの写真?メールの写真?SDなどカードの写真?その時になって探すのは、かなりの時間がかかりますよ 質問があれば、どれがいいか答えますよ

自分の(申請人)戸籍はどこ?対象者の戸籍はどこ?本当の名前はどのような漢字?

親戚の人数?どこまで知らせるの?会葬者(一般、来賓参列者)は?

対象者はどのような人だったの?

喪主(施主)は?親戚代表は?葬儀委員長は?

どうのような?葬式(葬儀)をしたいの?葬送の式の形態?仏教?神道?キリスト教?無宗教?自宅から送るの?会館借りるの?火葬だけ?葬式しない?

自分たちが出せる予算は?現金?定期預金?保険金?福祉?

事前相談するのにも、この様なことがわからずに、相談しても空論にしかならず、また、葬儀会社(葬儀社)に行った時にも、この部分の指摘が無いのに予算を出すような葬儀社はいいかげんですから、やめたほうがいいかも?って思います

葬式(葬儀)を知らない方(初めての方)は、一度でも見たほうが少しは判ると思います

葬儀の事をもう少し詳しく知りたい方は、無料ですので相談してください しかし、知りえる限りですが・・・・・

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葬儀の選定 葬儀会社選び 

葬儀会社を選ぶのに何を基準にしていますか?

マスメディアや広告や近所、前に誰かがやったから?色んな基準があるんですね

全体で何が出来るか何をしてくれるか、また葬儀ってどのような?みたいに説明があるかどうか?言葉遣いは丁寧か?態度は?自分たちの事を考えてくれるか?色んな選定基準があるんですね ただ葬儀会社が嫌がるのが、「あい見積もりです」 なぜかって?それはごまかせないのと単価が安くなるっていう思い込みからです

その点、ネットでの見積もりは気が楽ですよねぇ でも、危ないのは、ネットカフェで調べる分にはいいけど、自分のPCではやめたほうがいいですよ アドウエアーなどが設定されていてPCの情報が漏れるからです(自分が実験したので実証済みです) メールをもらう時なども捨てIDを設定してからそこに送ってもらうほうがいいですよ(葬儀会社の人間が他社の状況調査の時などにも行なってる手法です) 閲覧するのも危険があるので気をつけてくださいね ちなみにこのブログには、個人を特定できる機能は設定はされていません

上記の葬儀会社は、価格○○何とか?の宣伝をしてる会社は気をつけてくださいねぇ ネットって顔が見えないから安心ではないのですね 

葬儀会社でも、どのような会社でも、人を選ぶのが自分の判断基準ですね 誰が何を言っても、話を聞かない人は騙されるだけです 特に自分は偉いんだと勘違いしてる人などの我が強い人は、騙されますね

疑うのが良いことではありませんが、騙されないためには騙されていい範囲と駄目な範囲を持つことですね

私はこの業界に席を置いて永年立ちますが、信用のおける人は、なかなかいません 基本的には、人を騙そうとしてる人たちが蠢いているんです これから設立される会社は変わるでしょうが(期待も含めて)既存の会社は、社長が人を騙していくら的な発想を持った人が多いですよ(そのような会社で行なった人たちの個人情報は必ず流れているのです)

本当は、会社名を出したいのですが、良い会社、危ない会社 でも出せないんですね

推薦したい会社も出せないのですね 

なぜなら、この様な悪徳と知っていても、会社はろくでない会社ですが、その会社で葬儀を行っている方々に迷惑をかけるからです

葬儀会社を選ぶ時には、お客様の声などを載せているところなど、私は信じていません

また施工記録なども信じていません

だって、どのようにも出来る事を載せていること自体が騙そうとしている根源だと思うからです

ひとついえるのは、バックボーンがしっかりしているところ または、信じれる人からの紹介 問い合わせしてみてまともな会話が出来る事は絶対条件(優しさも含めて)←最近売りっぱなしの営業みたいに知識(経験)もないのに参入した人たちが沢山いるんです

色々な会社の売り子の販売員みたいに口八丁な社員、どもる社員、横柄な話し方の社員、だまされないためには基本的なことですよ

私は、皆様が心に残る葬送の式を出来ることを心から望んでいます もし、縁があってお会いするときには、精一杯の努力にてお世話させていただきたいと思います 

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人は誰でも死を迎える 人は弔いを行なってきた

今の医学において誰もが知っていることだが、死を止める事は出来ない 将来は判らないが今の段階では無理だ しかし、肉親や大切な人が危ない時には、どうにかならないかと考えるものだ この時に、使う言葉に「神にもすがるきもち」という表現がある しかし、助けてくれる神様は誰なのだろうか?運や運命を変えたり、それを知るすべは、誰も持っていない  一生懸命に生きて、人生を全う出来る様にするのが、生きるということかもしれない

例として適切かどうかは判らないが、高杉という人が過去にいましたが、この方が死を迎えた時に笑って「面白かった」と言ったそうです この方にとって良い人生だったのでしょうね

誰もが歳を取り最期を迎える 歳を取らずに死を迎える方もいる どちらも人生です 向き合わなくてはいけない 人生は宇宙の時間に換算すると一瞬の時(出来事)です しかし、誰もがそれを実感は出来ないでしょう 人間は遺伝子により様々な事を受け継いできました 古の戦争や悲しみ、嬉しさ生きてることの色々なことが刻まれています 何かを子孫に伝えていこうとしています 大切な心を伝え忘れないようにしたいものです

今の時代は、病んだ人が多すぎるかもしれませんね 自分は違うよって思う人も実感が無いだけかもしれませんよ 政治や生活、仕事に熱く語ったり実行したりすると最近の風潮として大人の世界、子供の世界どちらでも可笑しく思われるようです なぜなんでしょうか? 人のためや家族のために一生懸命になって、何が悪いんでしょうか? おかしくなって来ている世の中は、まともにしていかなければ、日本は主権を持った国家として成り建たなくなるでしょうね 

将来のある人生(子々孫々に引き継いで)を送りたいですね 途中経過であきらめず、死を迎えるまでは人生の結果は出ないのですから、笑えるようにがんばりましょう

弔いにはいろんな考え方や方法があるだろう しかし、私たちが生まれる前から死者(故人)を丁重に弔ってきた それなのに、なぜ?葬儀はしないとか言うのだろうか?(火葬だけを否定しているのではない) 最近お客さんの中に「価格価格」と前面に価格を出してくる方がいる 他に先に決めることが沢山あるでしょう 価格のことだけ気にするのであれば、そのように価格を前面に出している葬儀会社、葬儀社を選択するべきでしょう 確かに、騙されたくないとか物騒な世界だと思う気持ちは、わからなくもないが、はじめに断っておく程度でおかしなことを言うのであれば、断れば良いじゃないですか? 選択権は、お客さまにあるのですから(でも、葬儀会社から断ることもありますよ)

お客様が言ってました 葬儀が終わってから「故人を弔うというのは、亡くなった方に死を告げるだけではなく私たちも故人の死により死を考え また、人を尊ぶ気持ちを教えてもらうのですね」と言われました 意味のある葬送の式が出来るといいですね

生命のある人や、動物、植物など全てが次の世代に何かを残していくのですね

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